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和歌山地方裁判所御坊支部 昭和45年(ワ)27号 判決 1973年1月18日

原告

花尻進

被告

片山清隆

ほか三名

主文

被告片山清隆、同片山栄一は、原告に対し、各自金五〇〇万円およびこれに対する昭和四六年一二月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告谷口重機株式会社、同谷口潤一に対する原告の本訴各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告片山清隆、同片山栄一との間に生じたものは、同被告らの負担とし、原告と被告谷口重機株式会社、同谷口潤一との間に生じたものは、原告の負担とする。

この判決の第一項は、原告において、被告片山清隆に対しては無担保で、被告片山栄一に対しては金一五〇万円の担保を供するときは、その被告に対し、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

「被告らは原告に対し、各自金五〇〇万円およびこれに対する昭和四六年一二月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

二  被告ら

1  被告片山清隆、同片山栄一

「原告の請求を棄却する。」との判決

2  被告谷口重機株式会社、同谷口潤一

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二主位的請求原因

一  本件事故の発生

被告片山清隆は、昭和四四年九月一六日午後一〇時三〇分頃、普通乗用自動車(和五ね五二七五号。以下「被告車」と称する)を運転し、和歌山県西牟婁郡すさみ町口和深白島トンネル東三〇〇メートル先の国道四二号線を西進中、飲酒のうえ前方不注視のまま運転をなした過失により、東進対向してきた原告運転の単車(以下「原告車」と称する)にセンターラインを越えて衝突し、その結果原告に対し、右前膊、右大腿骨幹部および下端部、右下腿骨開放性骨折等の傷害を与えた。

二  被告らの帰責理由

被告片山栄一は被告片山清隆の父である。被告車は被告片山栄一が購入した自家用自動車であり、これを被告片山清隆が使用していた。

また被告片山清隆は、被告谷口重機株式会社(以下「被告会社」と称する)に勤務する従業員で、現場従業員および運転手として勤務し、各地の工事現場に赴いており、本件事故当時被告車を被告会社の業務執行のために使用していた。

即ち、被告会社は数十名の従業員を有し、普通の会社と違つて外勤の従業員を多数雇用し、重機械等を使用して土木建設業を営み、その工事現場は本社所在の和歌山県御防市よりはるか遠く各地に及び、従業員らは深夜にでも自動車を使用してこれらの工事現場を往復していた。そして従業員らが自家用車で通勤することがありまた会社業務の能率をあげるため従業員の判断でこれを社用に使用することがあつたが、被告会社はこれを黙認し、その利益を享受していた。

本件事故当時、被告会社は和歌山県西牟婁郡串本町において土木建設の仕事をしており、その仕事のため被告片山清隆らが串本町に派遣され、串本町・御坊市間を数回に亘り自動車で往復していた。

被告片山清隆は、業務の能率をあげるため被告車を使用して串本町内の工事現場に行き、数日そこに滞在し、その間被告会社の業務のためにもこれを使用し、その後も被告会社が必要とする限りにおいてその仕事に使用する意図のもとにこれを運転していた。

本件事故当日仕事を終え寄宿舎で従業員ら団らんの途中、被告会社本社から他の工事現場に従業員を一、二名派遣するよう指示され、現場監督者訴外香川峯生の判断に従い、従業員の訴外南卓生および被告片山清隆が派遣されることとなり、被告片山清隆は訴外香川の承認のもとに訴外南を被告車に同乗させ、串本町から御坊市の本社に向う途中において本件事故を発生させたものである。

従つて、被告片山清隆、同片山栄一および被告会社はいずれも被告車の運行供用者として、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」と称する)三条により、原告の後記損害の賠償責任がある。

被告谷口潤一は被告会社の代表取締役であるが、同被告は本件事故の責任を感じ、昭和四四年一〇月二五日頃、原告の代理人訴外花尻新太郎との間に本件事故につき少くとも医療費全額並びに休業中一ケ月金五万円の休業補償をする旨の契約を締結した。

ところで、医療費は全部で金二二四万四、八七三円、休業補償費は二七ケ月分金一三五万円、将来一〇年間に亘り予想される休業補償費は金六〇〇万円となるから、同被告は右合計金九五九万四、八七三円の支払義務がある。

三  原告の損害 総計金一、三七七万〇、四八九円

1  入院治療費 金一五一万五、一一三円

原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和四四年九月一八日から昭和四六年一二月一三日まで玉置病院において入院加療を受けた。その入院治療費は金一五一万五、一一三円となる。

2  入院付添看護費 金四八万四、三六〇円

3  入院中の副食、氷代等治療諸雑費 金二四万五、四〇〇円

右費用として一日最低金三〇〇円を必要とし、昭和四四年九月一七日から昭和四六年一二月一三日までの八一八日分の右費用。

4  通院治療費および将来の通院治療費 金二〇万円

原告は昭和四六年一二月一四日から前記病院に通院しているが、将来の通院治療費と合わせ概算金二〇万円を必要とする。

5  逸失利益 金六一二万五、六一六円

(イ) 本件受傷の昭和四四年九月一六日から退院の昭和四六年一二月一三日までの分 金一五五万七、三六〇円

原告は四・一二トンデイーゼル機関二五馬力の動力漁船を所有し、曳網、一本釣漁業を主として営み、昭和四四年六月から八月までの一ケ月平均収入は金五万七、六八〇円であり、右休業期間を二七ケ月とすれば、57,680円×27ケ月=1,557,360円となる。

(ロ) 原告は本件受傷の結果、機能障害を残し、その後遺症状況からみて、原告は退院後向う一〇年間程無収入が続くから、その逸失利益金四五六万八、二五六円(57,680円×12ケ月×6.9216(ホフマン係数)=4,568,256円)

仮りに右主張が認められないとしても、原告の後遺症は少くとも自賠法後遺症等級七級九または一〇号に該当するところ、労働省労働基準局長昭和三二年七月二日基発五五一号通牒による労働能力喪失率は五六パーセントであるから、右金額に〇・五六を加乗した金二五五万八、二二三円(円以下切捨)が右損害となる。

6  慰謝料 金五〇〇万円

原告の入院期間、後遺症等を考慮すれば、金五〇〇万円が相当である。

7  弁護士費用 金二〇万円

四  よつて、原告は被告片山清隆、同片山栄一および被告会社に対し各自右損害金一、三七七万〇、四八九円の内金五〇〇万円およびこれに対し本件事故後の昭和四六年一二月一四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被告谷口潤一に対し右契約に基づく支払債務金九五九万四、八七三円の内金五〇〇万円およびこれに対し本件訴状が同被告に送達された日以降の昭和四六年一二月一四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三予備的請求原因

一  被告片山栄一に対して

仮りに被告片山栄一が被告車の運行供用者でないとしても、同被告は本件事故の責任を感じて、昭和四四年一〇月二五日頃被告片山清隆の本件損害賠償義務につき自ら代つて支払いをなすべく保証または重畳的債務引受契約をなした。

二  被告会社に対して

1  仮りに被告会社が被告車の運行供用者でないとしても、前記の如き事情のもとになされた被告片山清隆による被告車の運転は、被告会社業務の執行に付きなされたものであり、従つて本件事故につき被告会社は民法七一五条による責任がある。仮りに右主張が認められないとしても、同被告は串本町を出発する際飲酒していたところ、被告会社の履行補助者であり現場監督者である訴外香川が、被告会社の命を実行するとはいえ、飲酒の状態で車を運転することを禁止すべきであるのに、これを黙認して出発させたからこの点で、現場責任者としての過失があり、本件事故は右過失により発生したものであるから、被告会社はその使用者として民法七一五条により本件事故の損害賠償義務がある。

2  仮りに右主張が認められないとしても、被告会社は昭和四四年一〇月二五日頃、原告の代理人訴外花尻新太郎との間に本件事故につき、少くとも医療費全額並びに休業中一ケ月金五万円の休業補償をする旨の契約を締結した。

ところで、前記のとおり医療費は金二二四万四、八七三円、休業補償費は二七ケ月分金一三五万円、将来一〇年間に亘り予想される休業補償費は金六〇〇万円となるから、被告会社は右合計金九五九万四、八七三円の支払義務がある。

三  よつて、原告は主位的請求が認められない場合、「一次的に被告片山栄一に対し右契約に基づき支払うべき前記損害金一、三七七万〇、四八九円の内金五〇〇万円およびこれに対し本件訴状が同被告に送達された日以降の昭和四六年一二月一四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被告会社に対し民法七一五条に基づき前記損害金一、三七七万〇、四八九円の内金五〇〇万円およびこれに対し本件事故後の昭和四六年一二月一四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、仮りに被告会社に対する第二次的請求が認められない場合、さらに前記契約に基づく支払義務金九五九万四、八七三円の内金五〇〇万円およびこれに対し本件訴状が被告会社に送達された日以降の昭和四六年一二月一四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四請求原因に対する被告らの答弁

一  片山清隆の答弁

主位的請求原因第一項を認める。

同第二項のうち、被告片山清隆が被告車の運行供用者であることを認める。

同第三項は不知。

二  被告片山栄一の答弁

主位的請求原因第一項を認める。

同第二項のうち、被告片山栄一が被告車の運行供用者であることを否認する。

同第二項は不知。

予備的請求原因第一項を否認する。

三  被告会社の答弁

主位的請求原因第一項を認める。

同第二項のうち、被告会社が土木建築業を営み、その工事現場が本社のある御坊市よりはるかに遠く各地に及ぶこと、被告会社は普通の会社と違い外勤の従業員を多数雇用して営業活動していること、被告片山清隆が本件事故当時被告会社の従業員であり、現場従業員およびクレーン運転手として各地の工事現場に赴いていたこと、被告車が被告片山清隆の自家用車であること並びに本件事故当時被告車に被告会社の従業員訴外南が同乗していたことは認めるが、被告車を被告会社の業務執行のために運行の用に供したことは否認する。

被告会社は従業員を工事現場へ派遣する場合、常に被告会社所有の車両を使用しまたは鉄道、バス等で輸送しており、従業員所有の車両を業務に使用することは厳禁していた。

本件事故当時、被告車は被告片山清隆個人の私用のために運行の用に供されていたものである。

予備的請求原因第二項の1、2をいずれも否認する。

四  被告谷口潤一の答弁

主位的請求原因第一項を認める。

同第二項のうち、被告谷口潤一が原告の主張するような契約をなしたことは否認する。

被告片山親子が本件損害を賠償すべきであるが、当時被告片山清隆の両親が別の交通事故で治療中であり、賠償すべき財産もないので、将来被告片山栄一の後遺症補償金を保険会社に請求し受領する権限を被告谷口潤一に与え、その範囲で、被告谷口潤一が被告片山親子に替つて、原告の治療費と一ケ月金五万円の休業補償費を立替払いする旨約束したものにすぎない。

しかも、被告片山栄一の後遺症補償金は後遺症の診断がないので零となり、被告谷口潤一は本来一銭も立替える必要がなかつたことになる。

第五被告らの抗弁

原告は本件損害の弁償として金二〇〇万円の支払いを受けている。

第六被告らの抗弁に対する原告の答弁

認める。

第七証拠関係〔略〕

理由

第一  本件事故の発生について

主位的請求原因第一項記載の各事実につき、当事者間に争いがない。

第二  被告らの責任原因について

一  被告片山清隆の責任

被告片山清隆が被告車の運行供用者であることについて、同被告と原告との間に争いがなく、右事実によれば、同被告は自賠法三条により、原告の本件事故による後記損害を賠償すべき義務がある。

二  被告片山栄一の責任

〔証拠略〕によると、被告片山栄一は被告片山清隆の父であり、被告片山清隆が昭和四四年七月三一日普通第一種免許を取得し、主に自己の勤務先の工事現場へ出勤する便宜および自己の娯楽のために使用する目的で被告片山栄一に自動車を購入してくれるよう頼み、そこで被告片山栄一がこれを了承し、同年九月六日被告車を同被告の名をもつて金八一万円で購入し、その頭金二五万五、〇〇〇円の支払いを同被告において負担し、被告片山清隆において残金を一ケ月金三万円宛月賦で支払うこととしていたこと、当時被告片山清隆は二〇才に達したばかりであり、月収約金四万五、〇〇〇円位で、両親と共に生活し、右収入のうち金一万円を母親に渡し残金を自己の小遣としていたことの各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告車は主に被告片山清隆において使用する目的であつたとはいえ、同被告は当時成人に達したばかりで両親の許に生活し、両親の監督に服していたものであり、被告片山栄一が自己の名において被告車を購入し、その頭金の支払いも同被告において負担しているから、被告片山清隆において残金の月賦代金を負担する予定であつたにしても、被告片山栄一において被告車購入の責任を負担していたものというべく、しかも被告車購入後わずか一〇日後の本件事故当時においては、同被告が被告車に対する運行支配を有していたものといわなければならない。

すると、同被告は被告車の運行供用者として、自賠法三条に基づき、原告の後記損害を賠償する義務があることとなる。従つて、同被告に対する予備的請求原因についてはさらに論ずる必要がないこととなる。

三  被告会社の責任

被告会社が土木建設業を営み、その工事現場が本社のある御坊市よりはるか遠く各地に及ぶこと、被告会社は普通の会社と違い外勤の従業員を多数雇用して営業活動をなしていること、被告片山清隆が本件事故当時被告会社の従業員であり、現場従業員として各地の工事現場に赴いていたこと、被告車が被告片山清隆の自家用車であること並びに本件事故当時被告車に被告会社従業員訴外南が同乗していたことにつき原告と被告会社間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると、被告金社が工事現場に従業員を派遣する場合一般に被告会社所有の車両を使用していたこと、被告会社は訴外株式会社小森組から和歌山県西牟婁郡串本町所在の串本棧橋先串本港改修工事を下請けし、昭和四四年七月二九日から工事を始め、右工事のため最初の頃は訴外香川、同南ら三名の従業員を右工事現場に派遣し、翌月の八月末頃被告片山清隆ら三名の従業員がこれに加わり、多い時には八名の従業員が右工事に従事し、工事現場から約一キロメートル位離れた(徒歩約一〇分)旅館「はまゆう」に止宿し、午前七時三〇分頃から午後六時頃まで作業をなしていたこと、右従業員の御坊市から串本町への出張についても被告会社所有の自動車が使用されていたこと、ところで同年九月五日右従業員全員が休暇で御坊市に帰つたが、被告片山清隆は前記のとおり父親に依頼し翌六日被告車を前記の使用目的のもとに購入して貰い、なお同日被告車を電柱に当てて傷つけたのでその修理は串本町ですることとし、同日これを運転して串本町に戻つたこと、被告片山清隆は被告車を串本町で修理しただけではなく、前記「はまゆう」から工事現場への出勤にこれを使用したこと、同月一六日被告片山清隆らが夕方作業を終えて前記「はまゆう」に帰宿したところ、田辺市所在の作業現場の従業員を増員する必要があるところから訴外南並びに被告片山清隆が希望すれば同被告も併せ二名を田辺市の右工事現場に派遣するよう被告会社本社から指示され且つ翌朝被告会社のトラツクが両名を迎えに行く旨連絡されたこと、そこで被告片山清隆も田辺の工事に加わることを希望し、同夜は従業員らでビールのほか日本酒をも飲んで慰労したこと、ところが被告片山清隆は午後九時三〇分頃になつて急に御坊市に帰るといい出し、現場責任者の訴外香川が止めるのも聞き入れず訴外南を誘い被告車で前記「はまゆう」を出発し、両名共御坊市の自宅に帰宅する途中本件事故を惹起したことの各事実を認めることができる。

被告片山清隆の本人尋問の結果中には、被告車を前記「はまゆう」から工事現場への通勤に使用していない旨の供述部分があるけれども、右は証人谷口尚夫の被告片山清隆が工事現場まで被告車を持つてきていた旨の供述部分に照らし措信し難い。

しかし、さらに被告車を被告会社のために使用していた旨の原告の主張については、証人門長貫一の証言中の被告片山清隆が被告車を被告会社と工事現場を行ききするのに使つていた等の証言部分を除き他にこれを認めうる証拠はなく、右証言部分は前記甲第一一号証の八の記載内容に照らし措信し難い。

なお、〔証拠略〕中には、被告会社においては従業員が自家用車で通勤したり業務のために自家用車を使用することは認められていなかつた旨の各供述部分があり、〔証拠略〕には、「通勤用に車両を使用できるのは責任者または総括管理者がその必要を認め、社長に上申し承認を得たものとする。」(一九条一号)、「何びとも上司の依頼のない限り自分の車を業務に使用してはならない。」(九条三号)旨また右規定は昭和四四年六月五日現在実施されていた旨の各記載部分があるけれども、被告片山清隆が前記の趣旨のもとに被告車を入手するに当りまたはその後において被告会社に対し承認を求める何等の手続を取つた形跡もなくまたそのような手続を必要とすることの意識のあつたこともまつたく窺われないことに鑑みると、はたして本件事故当時被告会社が主張するような従業員の自家用車使用禁止の規定が存在していたかは疑わしく、右各証拠はにわかに採用し難いものである。

ところで、以上の認定事実のもとで被告車の使用状況を考えると、被告片山清隆は専らこれを自己の通勤の便宜のために使用していたものといいうるにとどまり、それ以上にさらに被告会社の業務執行の便宜のためにこれを使用したとかまたさらに被告会社が被告車の使用を必要としたり、その使用の利益を受けていたものということは困難である。そして以上の外に被告会社が被告車の運行につきこれを支配しないしはその利益を受けていたことを認めうる証拠はない。

すると、被告会社はいまだ被告車の運行供用者ということができないから、原告の本件事故による損害賠償につき自賠法三条に基づく責任を有するものでないこととなる。

そこで、次に被告会社の民法七一五条による責任につき検討する。

前記認定事実によれば、要するに被告片山清隆が出張先の串本町から同被告の自家用車で御坊市の自宅に帰宅する途中において本件事故を惹起したものであるが、被告車が前記のとおり被告会社の業務執行の便宜に供されていたものとは認めるに足りずまた被告片山清隆および訴外南が翌朝田辺市内の工事現場に行く予定であつたものの被告会社においてトラツクで串本町まで同人らを迎えに行く手筈を整えており、同人らが被告会社のために本件事故当日御坊市に帰る必要は全くなかつたもので、当時被告車に同乗していた訴外南も御坊市の自宅に帰宅する予定のものであつた訳けであるから、以上の諸点を併せ考えると被告片山清隆の右帰宅途中の運転行為は私用であるといわざるをえず、右運転行為がなお被告会社の業務執行に付きなされたものということは困難である。そうすると被告片山清隆の右運転が被告会社事業の執行につきなされたことを前提とする被告会社の民法七一五条の責任は、この点ですでに認められないこととなる。

原告は、さらに被告会社の履行補助者であり現場監督者である訴外香川が被告片山清隆の本件飲酒運転を禁止せずこれを黙認して同被告を出発させたことに過失があり、本件事故は右過失により発生したものといえるから、被告会社は同訴外人の使用者として民法七一五条により本件事故の損害賠償義務がある旨主張する。

しかし、前記のとおり被告片山清隆は同訴外人の注意にも拘らずあえて被告車を運転したものであるが、仮りになお同訴外人に右のような過失があるといいうるとしても、本件事故は前記のとおり被告片山清隆の過失により直接発生したものであつて、同訴外人の過失は間接的なもので、本件事故と相当因果関係にあるものということはできず、従つて同訴外人が本件事故につき民法七〇九条の責任を直接負うものと解せられないから、これを前提とする原告の右主張もまた理由がない。

さらに原告は被告会社が原告の医療費並びに休業についての補償契約をなした旨主張する。

しかしながら、被告会社が原告の主張するような契約を締結したことは、証人門長貫一および同花尻新太郎(第一回)の各証言を除き、これを認めるに足りる証拠はなく、右主張にそう右各証人の証言の一部は、原告と被告会社間において〔証拠略〕に徴しにわかに措信し難い。

すると、結局被告会社は本件事故の損害賠償につき何等の責任も認められないこととなる。

四  被告谷口潤一の責任

原告と被告谷口潤一間において〔証拠略〕を総合すると、被告谷口潤一は被告片山清隆が本件事故を惹起したため、その解決を訴外森岡長一に依頼し、被告片山清隆、同片山栄一も同訴外人に問題の解決を依頼しそこで同訴外人は原告側の代理人訴外門長貫一、原告の実父訴外花尻新太郎、被告片山清隆、被告谷口潤一の妻訴外谷口成美らと共に会合折衝し、結局昭和四四年一〇月二五日被告片山清隆が原告の本件事故による医療費および一ケ月金五万円の休業補償費の支払義務があること、医療費についてはまず国民健康保険を利用し、三〇パーセントを被告片山清隆の負担とし、残余の七〇パーセントは原告が治癒した後同被告から国民健康保険組合に弁済すること、被告片山栄一は被告片山清隆の父親であるところから、被害者救済の方法として被告片山清隆の右補償義務の代行をなし、他方被告片山栄一が別の交通事故に遇つて有する後遺症についての損害賠償請求権の行使を被告谷口潤一に委任し、被告谷口潤一は右後遺症補償金の支払いを受けてこれを逐次原告に支払うこととするが、右補償金の支払いを受けるまでの間被告谷口潤一において一時立替支払いをするとの旨の文書による約定をなしたことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕は〔証拠略〕に照らし措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、右契約において当事者が使用した用語は必ずしも明らかといい難いが、要するに被告谷口潤一は単に被告片山栄一の右後遺症補償請求権の行使を代理するだけでなく、右補償金受領前においてもその補償金を担保として、その金額の範囲内で原告に対して一ケ月金五万円の休業補償の支払いをなすことを被告谷口潤一において保証したものといわざるを得ない。

原告は右認定の範囲を超え、被告谷口潤一が原告の本件医療費全額並びに休業中一ケ月金五万円の休業補償をする旨の約定をなした旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠がない。

ところで、被告谷口潤一の右債務は前記後遺症補償請求金額が具体的に確定しない限り確定せず、従つて被告谷口潤一が一ケ月金五万円の支払いを任意に履行する場合はともかく、同被告がこれを履行しない場合には結局前記後遺症補償請求金額の確定をまたない限り原告は同被告に対し右債権を行使しえないものといわざるを得ない。

そして本件全証拠によるもいまだ右後遺症補償請求金額が確定したことを認めるに足りないから、結局原告の被告谷口潤一に対する右請求はこれをいまだ行使できず、従つて原告の同被告に対する本訴請求は認められないこととなる。

第三  原告の損害

1  入院治療費 金一五一万五、一一三円

〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故による傷害の治療のため昭和四四年九月一七日から昭和四六年一二月一三日まで玉置病院に入院し、その入院治療費として金一五一万五、一一三円を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  入院付添看護費 金四八万二、五一〇円

〔証拠略〕を総合すると、原告が入院中付添看護を要し、そのため昭和四六年五月八日までに少くとも合計三一九日間に亘り付添看護婦を雇い、その賃金として合計金四八万二、五一〇円の支払いをなしたことが認められ、右支払いは原告において本件受傷の結果やむなく負担したもので、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

3  入院中の副食、氷代等治療諸雑費 金二四万五、四〇〇円

原告の前記入院期間中入院諸雑費として少くとも一日金三〇〇円を必要とすることは当裁判所に顕著な事実であるから前記入院期間八一八日分の費用は金二四万五、四〇〇円となる。

4  通院治療費および将来の通院治療費 金三、一二〇円

〔証拠略〕を総合すると、原告は退院後少くとも一ケ月間週一回位の割(四回)で通院し、そのほか昭和四七年二月一四日、同年三月四日に退院し、自宅から病院までの汽車賃、タクシー代往復金五二〇円を要し、以上少くとも合計金三、一二〇円の通院費用を要したことが認められ、右認定を左右すべき証拠はなく、右費用は本件事故の結果やむなく原告において負担したもので本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。しかしながら、原告の右通院中の治療費の金額並びに右通院のほかその後さらに通院を続けたことおよび将来もその通院を要することを認めるに足りる証拠はない。

5  逸失利益 金四四四万五、七四〇円

〔証拠略〕によれば、原告はすさみ漁業協同組合に加入している漁師で、四・一二トンデイーゼル機関二五馬力の動力漁船を所有し、曳縄一本釣漁業を主とし、その他ワカメ、テングサ、貝等を獲つていたこと、曳縄は一月から五月までおよび九月から一二月までが盛漁期であり、六月から八月までは閑漁期でその期間中採貝、採藻を主としていること、原告と同等の漁船所有者は昭和四五年一月から九月までの間において平均金一〇〇万円の水揚げをなしていること、原告の昭和四四年六月から同年八月までの三ケ月の平均収入が一ケ月金五万七、六八〇円であつたこと、原告は本件事故の翌日である昭和四四年九月一七日から本件受傷による骨折等の骨癒合完成の昭和四七年三月二三日後なお後療法を要する二ケ月間(退院後五ケ月間と認める)は全く稼動できなかつたことの各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は本件事故時少くとも一ケ月金五万七、六八〇円(一日金一、九二二円)の収入があり、本件事故がなければ、その後も継続して右収入を得られたものと認められるから、右休業期間中の逸失利益は別紙計算書(1)記載のとおり金一八三万三、九六六円となる。

〔証拠略〕を総合すると、原告は昭和一七年七月三日生れで前記のとおり漁業に従事する健康な男子であつたところ、本件事故の結果右大腿骨髄開放性骨折、右大腿骨化膿性骨随炎、右大腿骨短縮、右膝関節、右足関節拘縮、右下腿骨々折、右前腕骨々折の傷害を受け、昭和四七年三月二三日骨癒合完成したが、右下肢は一〇センチメートル短縮し、右膝関節は一八〇度に不全強直し、約一〇度の可動性をみるもその運動障害は永続するものとみこまれ、右足関節は背屈一〇度、底屈三〇度の可動性を残しているが、運動性を完全に回復することが困難であり、かなりの運動制限が残ること、右後遺症は自賠法後遺症等級七級に該当することの各事実が認められ、右運動制限による原告の労働能力喪失率は原告が漁師であることに照らし、五〇パーセントと認められる。

そして、右後遺症は終生続くと認められるところ、原告主張の右退院後一〇年に到るまでの間の逸失利益(但し退院後五ケ月分を除く)につき、民法所定の年五分の割合による中間利息をホフマン式計算により控除しその昭和四六年一二月一三日現在の価額を求めれば、別紙計算書(2)記載のとおり金二六一万一、七七四円(円以下切捨)となる。そして以上を合計すれば金四四四万五、七四〇円となる。

6  慰謝料 金三〇〇万円

〔証拠略〕によれば、本件事故後一年間は寝たきりの状態で全く歩くことができなかつたことが認められるほか、前記のとおりの入院期間、受傷状況、後遺症等に鑑みると、その慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

7  弁護士費用 金二〇万円

〔証拠略〕によれば、本件事故後被告片山清隆、同片山栄一、同谷口潤一は原告の損害賠償につき、努力を示していたが、事故後一〇ケ月を過ぎた頃から原告の請求に全く応じなくなり、そこで原告においてやむなく本訴を提起せざるを得なくなり、本訴追行を弁護士である原告代理人に委任し、その報酬として勝訴額の一割を支払う旨約しことが認められる。ところで、前記認定のとおり原告の行動の不自由な状況、本案審理の経過、本訴における認容額等を鑑みると、原告が本訴追行を弁護士に委任したことはやむを得ないもので、原告が本訴において請求する弁護士費用金二〇万円は、本件事故の結果原告が支払いをよぎなくされた弁護士報酬費用の一部として本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。

第四  原告が本件損害の弁償として金二〇〇万円の支払いを受けていることにつき、当事者間に争いがない。

第五  結論

以上によれば、被告片山清隆、同片山栄一はいずれも被告車の運行供用者として自賠法三条に基づき右損害金合計金九八九万一、八八三円から右弁済受領額金二〇〇万円を控除した金七八九万一、八八三円のうち原告が本訴において請求する金五〇〇万円(但し、弁済期未到来の弁護士費用の分については充当しないものと解する)およびこれに対し本件事故後の昭和四六年一二月一四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをなす義務があるから、原告の右被告両名に対する本訴各請求はいずれも理由があり、全部正当としてこれを認容すべく、その余の各被告に対する請求は理由がないから失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林茂雄)

別紙 計算書

(1) 昭和44年9月17日から退院の日の昭和46年12月13日まで(26ケ月27日間)

57,680円×26ケ月+1,922円×27日=1,551,574円………(イ)

昭和46年12月14日から5ケ月間(但し、民法所定の年五分の割合による中間利息控除し、昭和46年12月13日現在の価額)

57,680円×5ケ月(1-0.05×5ケ月/12ケ月)=282,392円………(ロ)

(イ)+(ロ)=1,833,966円

(2) 昭和46年12月14日から6ケ月以降1年までの間の逸失分(但し民法所定の年五分の割合による中間利息控除し、昭和46年12月13日現在の価額)

57,680円×7ケ月×0.5×(1-0.05)=191,786円………(ハ)

昭和47年12月14日から9年間の逸失分

57,680円×12ケ月×0.5×(7.9449948-0.95238095)=2419,988円11………(ニ)

(ハ)+(ニ)=2611,774円11

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